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京都地方裁判所 昭和61年(行ウ)4号 判決 1989年5月31日

京都市中京区壬生松原町六番地

原告

三輪喜一

右訴訟代理人弁護士

森川明

村山晃

京都市中京区柳馬場通二条下ル等持寺町一五番地

被告

中京税務署長

堀尾源蔵

右指定代理人

高須要子

岡本薫

三好正幸

村田巧一

保科隆一

木戸久司

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  原告(請求の趣旨)

1  被告が別表1記載のとおり昭和五九年一月一一日付でした原告の昭和五五年分、昭和五六年分及び昭和五七年分(以下、本件係争各年分という)所得税の各更正処分(但し、異議決定、裁決により一部取消後のもの)のうち、別表1記載の確定申告欄の各総所得金額を超える部分並びに各過少申告加算税賦課決定処分を取消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告(請求の趣旨に対する答弁)

主文と同旨の判決。

第二当事者の主張

一  原告の請求原因

1  原告は、肩書住所地において彩色(手描友禅)業を営む者であるが、被告に対し、別表1の確定申告欄記載のとおり本件係争各年分の確定申告をした。

被告は原告に対し、昭和五九年一月一一日付で別表1の更正処分欄記載のとおり本件各更正処分及び本件各過少申告加算税賦課決定処分(以下、本件各処分という)をした。

原告は、本件各処分について異議申立及び審査請求をした。

以上の課税の経過とその内容は別表1記載のとおりである。

2  しかし、本件各処分は次のとおり違法であり、取消すべきである。

(1) 被告は原告に対し、全く何の調査もしないまま、一方的に反面調査を行ない、それのみを資料として推計による本件各処分をしたもので、推計へ移行する要件を欠缺している。

(2) 本件各処分は原告の所得金額を過大に認定している。

よつて、原告は、本件各処分のうち、確定申告をした総所得金額を超える部分及び本件賦課決定処分の取消を求める。

二  請求原因に対する被告の認否及び主張

1  請求原因1を認めるが、同2を争う。

2  本件各処分に至る経過

(1) 原告が提出した本件係争各年分の確定申告書は、いずれも所得金額が記載されているのみで、収入金額及び必要経費の記載を欠くものであつたので、被告は、右所得金額が適正なものかどうかを確認するために、部下職員に原告の所得税の調査にあたらせた。

(2) 被告の調査担当者は、昭和五八年一〇月一四日原告の事業所に臨場し、原告に対し所得税の調査に来た旨を告げたところ、原告は、「帳簿はある程度つけ、領収書もある。しかし、民商に加入しており連絡しないわけにはいかない旨応答した。そこで、調査担当者が帳簿等の提示を求めたところ、原告は「今はないので、後日にしてほしい」と応答したので、調査担当者は同月二一日に再度臨場することを約束した。

(3) 原告が同月一七日調査担当者に対し「二一日は仕事の都合で会えない。二七日午前一一時に来てほしい」と電話をしてきたので、調査担当者は、第三者の立会が予想されたことから、「第三者の立会は認めません。調査に協力して下さい」と申し向けたが、原告は、それには答えず、「二七日一一時に来て下さい」と繰り返すのみで一方的に電話を切つた。

(4) 調査担当者は、同月二〇日原告の事業所に臨場し、原告に対し調査に協力するよう説得した。

(5) 調査担当者が同月二七日原告の事業所に臨場したところ、中京民主商工会事務局員の加藤、大石その他会員と称する者数名が立会つており、調査担当者が原告に対し第三者の立会の排除を求めたところ、原告は、これに応じず、具体的な調査理由の開示を求めるばかりで、調査担当者の所得計算の経過の説明要請等にも全く答えず、帳簿書類の提示も何らしなかつた。

(6) 調査担当者は、同月三一日原告の事業所に臨場したが、原告が不在であつたので、原告の母親に面接し、同日午後五時ころに電話してほしいと伝えたが、原告からの連絡はなかつた。

(7) 調査担当者が同年一一月七日原告の事業所に臨場したところ、原告は不在であつたが、その後原告から「同月一〇日一一時に来てほしい」との電話連絡があつた。

(8) 調査担当者が同月一〇日原告の事業所に臨場したところ、前記加藤、大石が立会つていたうえ、そばにテープレコーダーが設置されていたので、調査担当者は原告に対し調査協力及び第三者の立会排除を求めたが、原告は調査理由の開示を求めるのみで、第三者の立会排除に応じず、調査担当者の売上先等の説明要請にも何ら答えなかつた。

(9) 以上のように原告は調査担当者の数回に及ぶ調査協力の要請に対し全く応じなかつたので、被告は、やむを得ず原告の取引先等を調査した結果に基づいて本件各処分をしたのであつて、本件各処分には何ら手続的違法はない。

3  原告の所得金額

原告の本件係争各年分の所得金額及びその算定根拠は別表2記載のとおりであり、その詳細は次のとおりである。

(1) 収入金額

把握し得た売上金額の合計額であり、その内訳明細は別表3記載のとおりである。

なお、原告は、株式会社雅染色(以下、雅染色という)が取引をし代金を支払つていた相手方は原告でなく、原告の弟である三輪征司(以下、征司という)であると主張するけれども、原告の売上代金取立口座である京都信用金庫壬生支店の普通預金口座元帳写(乙第二七号証)及び右口座への入金伝票(乙第二〇号証の一ないし二二)と原告が取引先宛に発行した領収書等とを対照すると、別表5の1ないし3記載のとおり雅染色から受取つた代金がそのまま原告の口座に入金されており、雅染色と取引しているのが原告であることは明らかである。

(2) 所得率

別表4記載の同業者の本件係争各年分ごとの所得率(収入金額に占める所得金額の割合)の平均値である。

(3) 事業専従者控除額

原告の本件係争各年分の確定申告の額である。

(4) 事業所得金額

収入金額に所得率を乗じ、事業専従者控除額を控除した。

よつて、本件各処分(異議決定、裁決により一部取消後のもの)は原告の所得金額を過大に認定した違法はなく適法である。

4  推計の合理性

原告は、中京税務署管内である京都市中京区壬生松原町六番地において彩色(手描友禅)業を営んでいる者であるところ、被告は、中京税務署管内に青色申告により所得税の確定申告をしている者のうち、本件係争各年分で次の条件に該当する同業者をすべて抽出し、別表4記載のとおり、昭和五五年分三一名、昭和五六年分三一名、昭和五七年分三〇名の事例を得た。

<1> 染色業のうち彩色(手描友禅)業を営んでいること。

<2> 他の事業を兼業していないこと。

<3> 売上金額が次の範囲内であること。

イ 昭和五五年分 三〇〇万円から九〇〇万円まで

ロ 昭和五六年分 二〇〇万円から七〇〇万円まで

ハ 昭和五七年分 二〇〇万円から七〇〇万円まで

<4> 年間を通じて事業を継続していること。

<5> 事業専従者が一名であること。

<6> 事業所が中京税務署管内にあること。

<7> 対象年分の所得税について不服申立又は訴訟が係属中でないこと。

右により抽出された同業者は、事業所の所在地が原告と近接し、業種、業態、事業規模等において原告の事業と類似性を有し、青色申告者であるからその数値は正確であり、同業者の選定は右の条件に該当する者のすべてを抽出したもので恣意の介在する余地がない。従つて、右同業者から同業者所得率を算定し、これにより原告の所得金額を推計することには合理性がある。

三  被告の主張に対する原告の認否及び反論

1  被告の主張2の事実中、原告が提出した本件係争各年分の確定申告書がいずれも所得金額が記載されているのみで、収入金額及び必要経費の記載を欠くものであつたこと、被告の調査担当者が昭和五八年一〇月一四日原告の事業所に臨場したこと、調査担当者が同月二七日原告の事業所に臨場したこと、これに中京民主商工会事務局員の加藤、大石ほか数名が立会つたこと、調査担当者がこれらの者の立会の排除を求めたこと、原告が調査理由の開示を求めたこと、調査担当者が同月三一日原告の事業所に臨場したが、原告が不在であつたこと、調査担当者が同年一一月一〇日原告の事業所に臨場したこと、加藤、大石が立会つていたこと、テープレコーダーがあつたこと、調査担当者が立会の排除を求めたこと、原告が調査理由の開示を求めたこと、被告が原告の取引先等の調査をしたこと、被告が本件各処分をしたことはいずれも認めるが、その余を否認する。

被告の調査担当者が原告に対し調査の理由を説明し、第三者の立会があるまま調査の中身に入れば、原告が保管・準備していた帳簿等を調査することによつて原告の所得の実額を把握することは容易であつたのに、被告は、立会人がいるというのみを口実として、自ら調査に入ろうとしないまま一方的に反面調査を実施し、推計による処分を行つたもので、本件各処分は推計移行要件を欠いた手続的に違法な処分である。

2  被告の主張3について

収入金額について別表3のうち、雅染色からの収入を各年分とも否認し、その余を認める。その余の事実をいずれも否認する。

雅染色が取引をし代金を支払つていた相手方は、原告でなく、征司である。

仮に雅染色からの代金がすべて征司に入金されていたのではなかつたとしても、これが全額原告の収入となつていたのではなく、その一部が原告の収入となつていたにすぎない。その具体的金額は別表6の1ないし3記載のとおりである。

3  被告の主張4を争う。

雅染色からの入金額のすべてを原告の収入として推計することは許されない。雅染色と直接取引していたのは征司であつて原告でなく、その収入は一旦はすべて征司の収入となつているのである。

仮に雅染色との取引が形式上原告であつたとしても、雅染色の支払額のすべてを原告の収入として計算し推計することは合理性がない。なぜなら、雅染色の支払額のうち征司の仕事分は原告に手数料等が全く入らず、そのまま全額征司の収入となつているのであつて、通常の外注(下請)とは明らかに形態が異なる。

また、仮に征司の仕事が外注のものとしても、雅染色から注文のあつた仕事量の大半を占めており、雅染色以外の取引先からの入金分を合計しても征司の仕事分は全体の取引額のほぼ半額程度になつているのであつて、これは原告程度の規模の業者においては極めて異常であり、被告主張の同業者と業態が異なる。

よつて、いずれにしても雅染色からの支払額のすべてを原告の売上として、これを前提としてなした本件推計には合理性がない。

第三証拠

証拠に関する事項は、本件記録中の各証拠目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

第一  請求原因1の事実、即ち、原告が京都市中京区壬生松原町六番地において彩色(手描友禅)業を営む者であり、被告に対し本件係争各年分の確定申告をしたこと、被告が原告に対し本件各処分をしたこと、原告が本件各処分について異議申立及び審査請求をしたこと、以上の課税の経過とその内容が別表1記載のとおりであることは、いずれも当事者間に争いがない。

第二本件各処分の手続的適法性

一  原告は、被告の調査担当者が原告に対し調査の理由を説明し、第三者の立会があるまま調査の中身に入れば、原告が保管・準備していた帳簿等を調査することによつて原告の所得の実額を把握することは容易であつたのに、被告は、立会人がいるということを口実として、自ら調査に入ろうとしないまま一方的に反面調査を実施し、推計による処分を行つたもので、本件各処分は推計移行要件を欠いた手続的に違法な処分であると主張するので判断する。

二  まず、原告が提出した本件係争各年分の確定申告書がいずれも所得金額が記載されているのみで、収入金額及び必要経費の記載を欠くものであつたこと、被告の調査担当者が昭和五八年一〇月一四日原告の事業所に臨場したこと、調査担当者が同月二七日原告の事業所に臨場したこと、これに中京民主商工会事務局員の加藤、大石ほか数名が立会つたこと、調査担当者がこれらの者の立会の排除を求めたこと、原告が調査理由の開示を求めたこと、調査担当者が同月三一日原告の事業所に臨場したが、原告が不在であつたこと、調査担当者が同年一一月一〇日原告の事業所に臨場したこと、加藤、大石が立会つていたこと、テープレコーダーがあつたこと、調査担当者が立会の排除を求めたこと、原告が調査理由の開示を求めたこと、被告が原告の取引先等の調査をしたこと、被告が本件各処分をしたことは、いずれも当事者間に争いがない。

三  右当事者間に争いがない事実に、証人田中耕平の証言(後記措信しない部分を除く)、原告本人尋問の結果(同)及び弁論の全趣旨を総合すると、本件の調査の経過は次のとおりであつたと認められる。

1  原告が提出した本件係争各年分の確定申告書がいずれも所得金額が記載されているのみで、収入金額及び必要経費の記載を欠くものであつたので、被告の部下職員である調査担当者は、上司の命により、右所得金額が適正なものかどうかを確認するために、原告の所得税調査にあたることになつた。

2  被告の調査担当者は、昭和五八年一〇月一四日原告の事業所に臨場し、原告に対し「本件係争各年分の所得税の調査に伺いました。お父さんの代から五年経ちましたので申告の内容が正しいかどうかを確認に参りました」と告げたところ、原告は、「私は民商に加入しており、税務調査があれば必ず連絡せよと言われているので、民商に連絡させてくれ」と応答した。そこで、調査担当者が第三者の立会を拒否するとともに、帳簿等を提示して所得金額の算出について説明するよう求めたところ、原告は「今ここに帳簿がないし、民商に連絡もしなければならないので、後日にしてほしい」と応答したので、調査担当者は同月二一日に再度臨場することを約束した。

3  同月二〇日、原告が「二一日は都合が悪い。二七日一一時に来て下さい」と電話連絡してきたので、調査担当者もこれを了承し、同月二七日午前一一時に臨場することになつた。

4  調査担当者が同月二七日原告の事業所に臨場したところ、中京民主商工会事務局員の加藤、大石外会員四名が立会つていたので、調査担当者が原告に対し第三者の立会の排除を求めたが、原告はこれに応じなかつた。そこで、調査担当者は、原告に調査に応じる意思があるかどうかを確認するため、原告に対しその所得計算の経過の説明を求めたが、原告は、全くこれに応じず、逆に調査担当者に対し具体的な調査理由の開示を求めることに終始し、帳簿の提示もしなかつた。

5  調査担当者は、同月三一日原告の事業所に臨場したが、原告が不在であつたので、原告の母親に面接し、一度連絡してほしいと伝えたが、原告からの連絡はなかつた。

6  調査担当者が同年一一月七日原告の事業所に臨場したところ、原告は不在であつたが、同日原告から「同月一〇日一一時に来てほしい」との電話連絡があつた。

7  調査担当者が同月一〇日原告の事業所に臨場したところ、前記加藤、大石が立会つていたうえ、そばにテープレコーダーが設置されていたので、調査担当者は、原告に対し第三者の立会排除を求めるとともに、原告に調査に応じる意思があるかどうかを確認するため「帳簿書類を提示して所得金額の計算の根拠となるものを説明して下さい」と要請したが、原告は、調査理由の開示を求めることに終始し、第三者の立会排除にも応じず、調査担当者の求める説明要請にも何ら答えなかつた。そこで、調査担当者は、調査が進展しないので、反面調査をする旨原告に告げて辞去した。

8  そして、調査担当者は、同月半ばころから原告の取引先等を調査した。

9  調査担当者は、同年一二月五日原告の事業所に再度臨場したが、原告が不在であつたので、原告の母親に面接し、電話連絡をしてほしいと伝えたが、原告からの連絡はなかつた。

10  そこで、その後、調査担当者から原告に電話をしたところ、原告は反面調査について苦情を述べたが、調査担当者は原告に対し、更に調査に協力するよう要請し、税務署へ来てくれるよう求めた。しかし、原告はこれに応じなかつた。

11  被告は、昭和五九年一月一一日本件各処分をした。

証人田中耕平の証言及び原告本人尋問の結果中、右認定に反する部分は措信できず、他に右認定を左右する証拠はない。

四  さて、被告の調査担当者が質問検査権を行使する際の調査の理由及び必要性の個別的、具体的な告知、第三者の立会、反面調査等実施細目については、実定法上特段の定めがなく、権限ある調査担当者の合理的選択に委ねられているものと解されるところ(最高裁昭和五四年(行ツ)第二〇号昭和五八年七月一四日判決・訟務月報三〇巻一号一五一頁参照)、以上認定した事実関係によると、調査担当者は原告に対し一応の調査理由を明らかにしており、それ以上の個別的、具体的理由を明らかにすることまでも要請されているものとは解されないし、第三者の立会を拒否し、反面調査をしたことが調査の違法事由になると認めるべき特段の事情は窺えない。

五  以上によると、原告が全く調査に協力せず、帳簿資料に基づいてその事業内容を説明しないため、原告に対する直接の調査によつてはその所得金額を把握することができなかつたと認められるから、被告が反面調査をして推計の方法により本件各処分をするに至つたのも止むを得ないものがあつたというべきであり、推計の必要性があり、推計移行要件が認められるのであつて、本件各処分にこの点の手続的違法はない。

第三原告の所得金額

一  原告の本件係争各年分の収入金額が、各年分とも雅染色からの収入を除き、別表3記載のとおりであることは当事者間に争いがない。

二  そこで、雅染色と取引をしていたのが原告であるか征司であるかについて検討するに、いずれも成立に争いのない甲第四号証(後記措信しない部分を除く)、第二五号証ないし第二七号証、いずれも証人三輪征司の証言により真正に成立したものと認められる甲第五ないし第七号証の各一ないし一二、第八号証の一ないし三、第一三号証の一ないし一九、第二一号証の一ないし一五、第二二号証の一ないし五一、第二三号証の一ないし二八、乙第八号証(ゴム印の印影が原告のゴム印により顕出されたことは争いがない)、第一七号証の一ないし四七一、第一八号証の一ないし二三五、証人隅田一善の証言により真正に成立したものと認められる乙第一四号証、いずれも原告本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる甲第一二号証の一ないし三二、第一四号証の一ないし一九、第一五号証の一ないし一三、第一六号証の一ないし四、いずれもゴム印の印影が原告のゴム印により顕出されたことに争いがなく、これと弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる乙第七号証、第九ないし第一三号証、第一六号証の一ないし三〇、いずれも弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる乙第四ないし第六号証、第一五号証、第二〇号証の一ないし二二、第二一ないし第二三号証の各一ないし三、第二四ないし第二七号証、証人三輪征司(後記措信しない部分を除く)及び同隅田一善の各証言、原告本人尋問の結果(後記措信しない部分を除く)並びに弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められる。

1  もともと原告と征司の父は現在の原告の肩書住所地において「三輪工芸」という名で彩色(手描友禅)業を営んでいたが、原告が昭和三〇年ころから、征司が昭和四〇年ころから、それぞれ父の下で仕事を手伝うようになつた。当初は三名が同居していたが、昭和四五年ころから征司のみ別居し通勤するようになつた。また、三名の仕事の分担は父と原告が彩色加工、征司が主として外交(納品、集金等)をしていた。

2  昭和五二年八月父が死亡し、その事業を原告が実質的に引継ぎ、両名の仕事の分担は従来どおり原告が彩色加工、征司が外交と変わりなく、同年九月か一〇月ころ原告は三輪喜一のゴム印を作り、領収書等の作成にこれを用いるようになり、そのころから「三輪工芸三輪喜一」と呼称して事業主体となつて、対外的に彩色業を始めた。

3  そのころの主要な取引先は雅染色であり、同社との取引の方法は、まず、仕事の注文は征司が電話等で受け、反物など材料の受取も同人がする。同社からの注文はいわゆる「ロー伏せ」が多いところ、原告は彩色全般ができるのに対し、征司は「ロー伏せ」しかできないという技術の差があることから、受けた仕事のうち同人ができるものは同人がして、その外を原告がすることになる。仕事が出来上がると、征司が自分がした分と原告がした分をまとめて雅染色へ納品する。同社からの工賃支払はほとんど小切手で、征司が出向いて受取り、三輪喜一のゴム印と三輪という小さい楕円形の印(征司の印)を押した領収書を発行する。

征司は昭和五四年五月ころから原告方へ通勤することを止め、自宅で作業をするようになつたが、以上の方法は何ら変わらなかつた。また、征司は昭和五七年暮ころ自分自身のゴム印を作つたが、雅染色との取引においてはこのゴム印を使うことはなく、従前どおり原告名のゴム印を使用した。

4  征司は雅染色から受取つた小切手を原告方に同居する母に渡し、母において京都信用金庫壬生支店の原告名義の普通預金口座に入金して現金化し、毎月征司の仕事量を算出して同人の取分を配分していた。昭和五六年一一月分からは小切手を母に渡すのを止めて、征司が自ら同人名義の預金口座に右小切手を入金現金化し、自分の仕事分を差引いた残金を原告に渡す方法に変えたが、実質は何ら変更はなかつた。

なお、右口座は原告の取引先である森康株式会社、多田友株式会社、永山稔、有限会社近藤伊染工場、広瀬織物株式会社などとの取引上の受取小切手が入金されており、原告の売上代金取立用の口座であるというべきである。

5  雅染色は、被告に対する提出資料せんや照会回答書に、取引の相手方として、いずれも「三輪工芸三輪喜一」と原告名を記載し、原告の住所、電話番号を記入している。

6  本件係争各年において雅染色からの売上は別表3記載のとおりである。

甲第四号証の記載、証人三輪征司の証言及び原告本人尋問の結果中、右認定に反する部分はいずれも前掲各証拠に照らして遽に措信できず、他に右認定を覆すに足る証拠はない。

三  以上認定した事実関係によると、雅染色との取引においては征司は原告の雇人ないし外注先(下請)にすぎず、同社と取引をしていた事業主体は原告であると認めるのが相当である。従つて、別表3記載の本件係争各年分の雅染色からの売上は全部原告の収入であると認められ、結局、原告の本件係争各年分の収入金額は別表2記載のとおりとなる。

四  所得率

1  原告が京都市中京区壬生松原町六番地において彩色(手描友禅)業を営む者であることは当事者間に争いがなく、いずれも成立に争いのない甲第九ないし第一一号証によると、本件係争各年当時原告の事業専従者は一名であつたことが認められる。

2  弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる乙第一、第二号証によると、被告が中京税務署管内に青色申告により所得税の確定申告をしている者のうち、本件係争各年分で前示二被告の主張4の<1>ないし<7>の基準と方法によつて該当する同業者をすべて抽出したところ、昭和五五年分三一名、昭和五六年分三一名、昭和五七年分三〇名の事例を得たが、これらの者の本件係争各年分の事業所得の明細は別表4記載のとおりであつたことが認められる。

3  右1、2によると、右2の同業者は、事業所の所在地が原告と近接し、業種、業態、事業規模等において原告の事業と類似性を有し、青色申告者であるからその数値は正確であり、また同業者の選定は条件に該当する者のすべてを抽出したもので恣意の介在する余地がなく、その平均値に客観性、普遍性を認めるに十分多数であると認められるから、右同業者から同業者所得率(収入金額に占める所得金額の割合)を算定し、原告の所得金額を推計することは、真実に合致する蓋然性が高く、合理性があると認めるのが相当であり、この認定を左右するに足る証拠はない。

4  なお、原告は、雅染色と直接取引していたのは征司であつて原告でなく、その収入は一旦はすべて征司の収入となつているのであるから、雅染色からの入金額のすべてを原告の収入として推計することは許されないと主張するが、前記三で認定のとおり雅染色と取引していたのは原告であるから、原告の右主張はその前提において理由がない。

また、原告は、仮に雅染色との取引が形式上原告であつたとしても、同社の支払額のうち征司の仕事分は何ら原告に手数料等が入らず、そのまま全額征司の収入となつているのであつて、通常の外注(下請)とは明らかに形態が異なるから、雅染色の支払額のすべてを原告の収入として計算し推計することは合理性がないとか、仮に征司の仕事が外注のものとしても、雅染色から注文のあつた仕事量の大半を占めており、同社以外の取引先からの入金分を合計しても征司の仕事分は全体の取引額のほぼ半額程度になつているのであつて、これは原告程度の規模の業者においては極めて異常であり、被告主張の同業者と業態が異なるなどと主張するけれども、仮に原告が主張するような事情があつたとしても、右征司の仕事分につき、原告に通常の利益が全くあがらなかつたことは本件全証拠により認めるに足らないし、右3で選定した同業者は前認定のとおりその平均値に客観性、普遍性を認めるに十分多数であつて、原告主張のような右事情を含む同業者間の種々の差異をも包摂しているものというべきであるから、これをもつて直ちに推計の合理性に合理的な疑問を生じさせるものとはいえない。原告の右主張はいずれも採用しない。

5  よつて、原告の本件係争各年ごとの所得率が前示同業者の所得率の平均値である別表2記載のとおりに推計されることに合理性がある。

五  前掲甲第九ないし第一一号証によると、原告の本件係争各年分の確定申告の事業専従者控除額は別表2記載のとおりであることが認められる。

六  以上によると、原告の本件係争各年分の事業所得金額は、収入金額に所得率を乗じ、事業専従者控除額を控除して計算すると、別表2記載のとおりとなり、本件各処分(異議決定、裁決により一部取消後のもの)はいずれも右金額の範囲内でなされたものであるから、原告の所得金額を過大に認定した違法はない。

第四  よつて、原告の請求は理由がないから棄却することとし、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 吉川義春 裁判官 和川康則 裁判官田中恭介は転任につき、署名押印できない。裁判長裁判官 吉川義春)

別表一

申告・更正等の経緯

<省略>

別表二

事業所得金額の計算

<省略>

<4>=<1>×<2>-<3>

別表三

収入金額の内訳明細

<省略>

(注) (株)は株式会社、(有)は有限会社をそれぞれ示す。

別表四

<省略>

<省略>

別表五の一

(昭和五五年分)

<省略>

別表五の二

(昭和五六年分)

<省略>

<省略>

別表五の二

(昭和五七年分)

<省略>

<省略>

別表六の一

雅染色との取引

昭和55年分(原告の主張)

<省略>

別表六の二

雅染色との取引

昭和56年分(原告の主張)

<省略>

別表六の三

雅染色との取引

昭和57年分(原告の主張)

<省略>

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